『水戸徳川家と酒列磯前神社』
元禄3年9月9日。徳川光圀公が参拝された。大宮司磯前大和を召出し、当社は常陸の大社であるからこうした狭い社地、馬場大来に近いので、不浄にも染まろうから、建立されるよう、小宅清兵衛へ適地の見立てを命ぜられた。それで2箇所を見立て絵図に仕上げ提出したところ、何れも採用にならなかった。その後元禄12年、侍医鈴木宗与に再び適地を見立てさせた。宗与は之を見立絵図にし提出したところ御意に叶い郡奉行関口九郎をして地形の測量を命じた。そして、部下に命じて磯崎の現場を確認させた。

以下進行状況

 元禄9年6月 義公から寄進の命。
 同12年10月 建築に着手。
         義公 死亡。
         建設中止。
 同14年春   工事再開。(粛公の命)
 同15年8月29日 遷座。神職15名、巫女2名。
         大宮司磯前山城に代わり吉田大宮司。
 同16年正月4日 大宮司磯前山城登城を命ぜられ拝謁。
         宝永9年屋敷地を賜る。